――月が満ちていく度に思いおこされる感情がある。 望月 〜月満ちて…〜 風呂上がりの湿った髪を拭きながら寝室に入っていくと、窓の外にあるみごとな真円を描いた月が目に入ってきた。 イルカは窓を開け、なんとはなしにその月をじっと見つめている自分に気付く。 いつの間に満月を見つめる癖が付いてしまっていたのか。 自嘲気味に口がわずかにゆがむ。 今宵、今の自分と同じようにこの真円の月を眺める者はいったい何人いるだろう。 いつも同じように満ちていき、昔と変わらぬ真円を描き、そしてまた欠けてゆく・・・ どのくらいそうやっていただろうか・・ そう長い時間ではないが少し肌寒くなってきた。 風呂上がりに窓を開け放して月に見惚れ、風邪でもひいたらいい笑いものだ。 そう思って窓を閉めようとした時、目の前に突如ザバッという音と共に黒い影が視界を遮った。 「こ〜んば〜んはv」 「・・・こんばんは。」 気の抜けた声をした深夜の来訪者にため息混じりにそう答えると、目の前の上忍は少しすねたような仕草をして見せた。 「あれ〜驚かないんですか?おっかしいなぁ、気配はちゃんと消してきたはずなのに・・」 「・・・もう慣れましたよ。」 苦笑いを浮かべながら静かにそう答えてやる。 この上忍と出会ってからというもの毎日と迄はいかないがこうやって突然イルカのもとを訪れる。 本人も言っての通り、気配は全く感じなかった。 いつもこの上忍は驚かせようとしてか気配を殺して自分に近づいてくる。 まあ、中忍の自分が上忍の気殺しをそうそう感じとれる筈はないだろう。 ・・実を言えば今夜はやって来そうな予感がしていたのだ。 「カカシ先生・・」 「は〜い?」 「来るなら玄関から来て下さいといつも言ってるでしょう?」 何度言ってもカカシは決まって窓からやって来る。 今も窓の外にある木に逆さにぶら下がっているのだ。 カカシはその木から軽々と窓辺に飛び移ると、隠されていない右目を幸せそうに細めてみせた。 「いや〜、だって色っぽいイルカ先生が見えたもんだからついv」 イルカの姿といえば、風呂上がりに浴衣を羽織っただけの格好だ。 いつもは頭の上で一つに縛ってある髪もしっとりと湿り両肩に掛かっている。 「・・・・・」 ピシィィッ!! 無言のままイルカはおもむろに勢いよく窓を閉めた。 当然、窓辺にしゃがみ込んでいたカカシは、ど派手な音立てながら二階の窓から下へと落ちていくこととなる。 その音を半ば呆れた風に聞いていたイルカは静かに玄関へと足を向けた。 それこそ出会った当初の頃はその音に慌てて外に飛び出しては、傷一つ無いカカシに嬉しそうに抱きすくめられたのものだ。 近所の目も気にせずに。 よく考えれば腐っても上忍、あれくらいの事ではかすり傷も負わないし、カカシであるならなおさら頑丈だろう。 玄関の鍵を開け、お茶くらいはと台所へ向かおうとした時、いきなり後ろからカカシに抱きすくめられた。 扉の開く音はしなかったはず、いつの間に家の中に入ってきたのだろう。 ちなみに靴を履いたままだという事にイルカはムッとした。 イルカの意識が足下向かっている隙にカカシの手が不埒にも浴衣の前から中へと進入してきていた。 いつの間にか手甲ははずされ口布も下ろされている。 「ん〜、イルカ先生、いい匂いv」 イルカの首筋に顔を埋め、手はさわさわと胸をなで回しながらカカシが呟いた。 「ね、イルカ先生v・・イテっ!!」 暗に含められた言葉を呟かれると同時にイルカは浴衣に進入してきていたカカシの手をつねる。 「・・・イルカ先生、酷いですよ。」 「何言ってるんですかまったく。・・お茶くらいは出してあげますよ。飲んでいきますか?」 「お茶だけ・・?」 「要らないんなら結構です。もう遅いですから帰ってゆっくり休んで下さい。」 「あ、いや・・・はい、頂きます。」 「じゃあ、靴をちゃんと脱いで来て下さいね!」 「あの、イルカせんせ〜? ホントにお茶だけ?」 恨めしそうに言ってくる上忍を置きざりにしてイルカは台所へと向かった。 ヤカンを火に掛け急須に茶葉を足していると、額宛をはずしながらカカシもやって来る。 そして慣れた様子で台所にある椅子へと座った。 湯が沸くまでは二人して無言だった。 不意にカカシが口を開く。 「・・・月、綺麗ですね」 ―――・・そうですね。 湯飲みにお茶を注ぎながら自分でも素っ気ないと感じるような返事を返した。 「・・どうぞ。」 お茶を差し出すと、――どうもvと、カカシは受け取った。 そのままイルカもカカシの前の椅子に座りお茶を啜る。 「・・ねえ、イルカ先生。」 「はい。」 またしても突然、カカシが語りかけてくる。 「・・・つらいんですか?イルカ先生。」 「は?」 「や、あれ見てたイルカ先生の目、つらそうだったからね。」 寝室の窓越しに見える月を振り返りながら、カカシは困ったような笑顔を向けてきた。 それにイルカはどう答えたものかと逡巡していた。 確かにつらいかと問われればつらいのかもしれない・・・ 満月はあの日を思いおこさせる。 だが、それをあえて指摘されると成人男性としては素直に認められないものがある。 もうあれからかなりの年月がも経ったのだ。 いつまでも女々しく過去に浸っていては笑われるだろう。 「・・べつに。そんなことはないですよ。」 気にしていないふうを装いそう答えると、思いもしない答えが返ってきた。 「俺は・・辛いですけどね・・・」 「え?」 「あ、ほら、こんな月の日だったじゃないですか・・」 ―――あの日は・・。 十二年前、未だ記憶に鮮明に残る九尾の災害の時も今夜のような見事な満月だった。 多くの命が儚くあっさりと散っていった日・・・ つらい記憶の中にしっかりと思い浮かぶカタチがあるというのはある意味辛いことだ。 それを見る度にその時のつらい記憶が蘇ってきてしまう・・。 「・・・そう・・いえばそうですね。」 「俺ね、あんなまん丸な月を見るたびにいつも思うんですよ。あの時もっと何かできなかったか?って。」 「・・・・・」 ―――どうしてたら、先生・・四代目を亡くさずに済んだかなぁ。 そう呟くカカシに対してイルカはすっかり俯いてしまった・・。 少なくとのカカシはその当時少なくとも中忍にはなっていたはず。 いや、カカシの実力ならすでに上忍だったかもしれない・・。 あの災厄の中、充分里のための力にはなっていたはずだ。 「・・・・・」 それに比べて自分はどうだっただろう・・? 両親を助けるどころか、ただ足手まといになっていただけではないだろうか? 「?!・・イルカ先生?」 「・・・っ。何、でもないです・・」 イルカはすっかり俯いてしまい、涙を必死でこらえようとしていた。 こんな大の大人が人前で泣くなど情けない。 そんなイルカに向かいに座っていたカカシが手を伸ばしてきた。 「ねえ、イルカ先生」 そしてイルカの頭を優しく頭を撫でてくる。 「そんなに我慢しないでいいんですよ・・」 「・・・・・」 「泣くことは恥ずかしい事なんかじゃないから」 「・・・・・」 「涙は辛い事とか、悲しい事を一緒に洗い流してくれる・・・」 ―――それに・・ 「・・・・?」 「泣きたい時にちゃんと泣いておかないと、本当に泣きたい時に泣けなくなっちゃいますから・・」 少し寂しそうに笑いながらカカシは言った。 だったら・・ そんな事を言ってくるカカシは・・・? 頭を優しく撫でながらカカシにそう言われているうちに、いつの間にかイルカの頬には涙が滑り落ちていた。 何かが・・ 今まで感情をせき止めていた何かが崩れ落ちてしまったかのように心にたまっていた思いがあふれだしてきた。 はたはたと流れ落ちる涙が潤んだ目に映る。 思わず嗚咽が漏れそうになりあわてて手で口元を覆ったが、涙は変わらずに漏れだしてくる。 頭の上にあるカカシの手が温かい。 イルカはふと、誰かに頭を撫でて貰いたかったんだと気付く。 あの、亡くなった父にされていたように温かく大きな手で包み込むように・・ 裸足の足を冷たく濡らすほど、とめどなく涙は滴り落ちていった。 塞いだ口からも我慢しきれずに所々嗚咽が漏れだしてくる。 大声を出して泣いた訳ではないが、イルカは久しぶりに思いっきり泣いた気がした。 ・・・その間ずっとカカシの手は優しくイルカの頭をなで続けてくれていた。 ―――・・・あ・・りが・と・・・い・ます・・ しばらくして落ち着いたイルカが小さく告げると、カカシは――どういたしまして、と笑顔で答えた。 「・・・・カ・カシ・・先せ・いも」 「ん?」 「・・カカシ先生でも・・辛い事ってあるんですね」 随分と酷いことを聞いている気がする。 だが、この人の辛そうな顔はあまり見たことが無い・・・ いつだってこの人は満面の笑みを浮かべてる顔しか思い浮かばない。 「そりゃあ、俺だって一応、ひと、ですからねv」 カカシの明るい物言いに自然と苦笑いが漏れる。 「一応・・ですか?」 「そ、一応v」 その後は二人で小さく笑いあった。 月が満ちていく度に思いおこされる感情がある。 辛い記憶と悲しい感情・・ だが、二人で慰め合えば少しは軽くなるのかもしれない・・・ [終]
2003.04.27
当初書いてた話は、もう脱線するは脱線するはで、 無理矢理軌道修正したらこんな中途半端な物に……(汗) とりあえず、泣けなくなる…なあたりは自分の経験で、 小さい頃は何でこんなにかってぐらい、泣くのを我慢してた子でして、 んで、本当に辛いって時に全然泣けなくて 余計に辛くなってしまっていたという… や、今はもうぼろぼろ泣くヤツなんですけどね(笑) こんな話にお付き合い頂きありがとうございます。 |