菖蒲と柏餅 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― パシィン!! 小気味よい音が響く。 パシィン!! 一方、こちらはといえば。 ぺしゅん! もう何度もやっているが、一向に景気の良い音がしない。 ぺしゅん! 「あーもー! 何でサスケみたいな音が出ねーんだってばよー!」 ナルトとサスケがやっているのは『菖蒲打ち』だ。 菖蒲の束を地面に叩きつけて、音の大きさを競う遊び。 だが、先程から良く響くような音を立てるサスケに比べ、ナルトのは潰れたような音だ。 「コツがあんだよ・・・ドベ」 ぽそりと呟いたサスケの声を耳ざとく聞いたナルトは 「ムキー! サスケにはぜってー負けねーってばよ!!」 ぺしゅん! ぺすん! ぺしゅん! ぺすん! ぺしゅん! ぺすん・・・・ ムキになったナルトは菖蒲を何度も何度も叩きつける。 しかし、相変わらず気の抜けた音がするだけだった・・ (ん〜、こういう所でも差が出てくるのかねぇ・・) 縁側に座って膝に肘を付き、それに顎を乗せた体勢でカカシは何とはなしにそう思った。 アカデミートップの成績で卒業したサスケと、ドベのナルト。 案外この成績の差は器用か、不器用の差だったのかもしれない。 (・・・に、しても・・) ナルトはともかく、サスケはこんな遊びに熱中するような子供だっただろうか? 少なくとも自分の知るサスケは、こんな単純な遊びに誘われても「うざい」と、素っ気なく断る・・ と言うよりも、嫌がってその場をサッサと立ち去っているだろう。 そんなサスケがこんな事をやっているのは、ナルトへの対抗心もあるだろうが・・ (ま、この人の人柄って所かな・・) そう思いながらカカシは隣に座り、機嫌良く子供達を眺めているイルカをちらりと見やった。 その日、カカシは久しぶりの休みに、アカデミーも連休で休みであろうイルカの元を喜び勇んで訊ねた。 しかし、そこには先客が居た。 目下カカシの最大のライバル、ナルトと、何故かサスケが・・ よく考えれば当然の事。 自分が休みであれば、自分の元で任務をこなすナルト達も必然的に休みとなる訳だ。 しかも、今日はこどもの日。 親が居らず節句を祝ってやる者の居ないナルト達を、イルカが誘うのは予期される事。 聞けば、サスケが来るのは初めてだが、ナルトは毎年こうやって祝って貰っていたそうだ。 (せっかくの、イルカ先生とのイチャパラの日を〜・・) 恨みがましく思ってみても、それで何かが変わる訳でもなく。 誘われるままに、このナルトとサスケの勝負を観戦することとなった。 後日、嫌がらせにキツイ修行を課してやろうと、不埒な事を企みながら・・ ぺしゅん! 相も変わらぬ間の抜けた音に、業を煮やしたイルカがナルトに声を掛ける。 「ナルト、そんなんじゃいい音は出ないぞ。 ほら、貸してみろ!」 そう言ってイルカはナルトから菖蒲を受け取る。 イルカはナルトの持っていた菖蒲を少し編み直して、再びナルトに渡した。 そして、ナルトの手に上から手を添えて、菖蒲の束を勢いよく地面に叩きつける。 パシィィンッ!! 景気よく澄んだ音が響いた。 「サスケの言う通りコツがあるんだよ。 むやみやたらに叩きつけたって上手くはいかないんだ」 そう、アドバイスを残してイルカはカカシの隣に戻ってきた。 しばらく考え込んでいたナルトだったが、また徐に菖蒲を叩きつけ始める。 そんな様子を、只眺めるだけだったカカシが口を開く。 「ん〜、あんな事に何か意味でもあるんですかね?」 只疑問に思った事を、何となく聞いてみる。 幼い頃から忍びの任務に携わっていた為か、カカシはあまりこういう行事に縁が無かった。 節句などを祝ってくれる親が居なかった所為もあるだろうが… そんなカカシの心中を察してか、気を悪くするでもなくイルカが説明する。 「まあ、只の子供の遊びですが、ああやって菖蒲を打つ音で邪気を払う、と言う意味もあるそうですよ」 「へえ〜」 「昔は『印地』や『菖蒲切り』と言うのをやっていたそうですが、危険だからって禁止になったんだそうです」 「危険って?」 「……死人が続出したからだそうです」 「死人って、子供の遊びだったんでしょう?!」 驚くカカシに、イルカは困った様な笑みを浮かべさらに続けた。 「ええ、子供の遊びだったそうです。でも『印地』は石合戦だったんですが、平たい石の角を切れる程尖らせて投げ合ったそうですから・・」 「あ〜、そりゃもう遊びの域を超えてる様な・・」 「そうですね」 呆れながらそう言うカカシに、イルカも苦笑いを浮かべながら同意する。 パシィン! 不意に、小気味よい音が響いた。 「やったってばよ〜! ね、ね、イルカ先生聞いてた? いい音したってばよ!」 ようやくナルトが景気よく菖蒲を鳴らせる様になった様だ。 そんなナルトに、イルカは笑顔で頷く。 「ああ、ちゃんと聞いてたぞ。やるじゃないか、ナルト」 「よっしゃー!! これでサスケにはもう負けねーってばよ!」 調子に乗るナルトにサスケがぼそりと呟く。 「…これくらい出来て当たり前だ、ウスラトンカチ」 「なにー! やるかぁ、サスケェ!!」 ぎゃあぎゃあとサスケに突っかかるナルトを見ながら、カカシはため息を付く。 「はあ〜、こんな事でチームワーク乱してどうするんだ・・」 そう言うカカシを横目で見ながら、イルカも苦笑いを浮かべ二人に声を掛ける。 「こらこら、二人ともそんな事で喧嘩なんかするな。 ほら、そろそろ腹空いてないか?」 「んー、そう言えば空いてるような〜」 「・・・」 イルカの言葉にナルトは早々に腹を鳴らし、サスケも無言で小さく頷く。 「そうか。なら、ちょっと待ってろ」 そう言ってイルカは家の奥へと消えていく。 少しして戻ってきたイルカの手には、皿いっぱいに盛られた柏餅があった。 「やったー! イルカ先生の作った柏餅は、すっげー旨いんだってばよ!」 「・・うるさい、ドベ」 「ああ、そんな事言うなサスケ。ほら、ナルト」 ナルトがサスケに突っかかろうとする前に、イルカは柏餅をナルトに差し出す。 ナルトはサスケの方を睨みながらも、柏餅に手を伸ばした。 「ほら、サスケも」 そう言いながら、イルカは笑顔でサスケにも柏餅を差し出す。 「・・どうも」 縁側に座り、美味しそうに柏餅を頬張るナルトとサスケを見やった後、イルカはカカシに向き直る。 そしてカカシにもどうぞと柏餅を差し出した。 「はい、カカシ先生もどうぞ。 お口に合うかどうか分かりませんが」 「いえいえ、イルカ先生が作った物は、何でも美味しいですよv」 そう言いながら、カカシは差し出された柏餅を受け取る。 実際、今までイルカの手料理を食べて不味かった試しは無いのだ。 そして、この柏餅も口にしてみると思った通り、柔らかく美味しかった。 「イルカ先生、これすっごく美味しいですよ!」 「はは、ありがとうございます」 照れながら言うイルカの後ろから、ナルトの元気な声が響く。 「イルカ先生! も一個喰っていいかー?」 「バカ! 少しは遠慮しろ・・」 「ああ、いいぞ。まだまだあるからな。 サスケも、遠慮せずもっと喰っていいから」 「やったー!!」 そんな3人のやりとりを見ているうちに、カカシはふとちょっとした事を思い出した。 ――そう言えば・・・昔・・ 二人にそう促してからイルカも柏餅を食べ始める。 ふと、視線を感じてその方に向くと、カカシが穏やかな目をしてこちらを見詰めていた。 「? どうしたんですか、カカシ先生?」 そう言われて初めてカカシは、イルカをジッと見詰めていたことに気付く。 カカシは気まずそうな笑みを浮かべて答える。 「え? あ、いや〜。 ちょっと昔のことを思い出しまして…」 「昔、ですか?」 「ええ。そう言えば、先生・・、四代目から今のナルト達みたいに柏餅を貰ったかな〜って」 「四代目に?」 亡くなった人物を話題に出した所為か、イルカは神妙な顔つきになった。 そんなイルカに、カカシは気にしなくていいとでも言うふうにへらっと笑って続ける。 「いや〜、イルカ先生の様に美味しくなかったですけどね。もう、固いし形は歪だし・・・今思えばあれは柏餅のつもりだったのかな〜ってぐらい」 カカシは笑いながらそう言う。 本当に、四代目の作ったと言う柏餅もどきは、美味く無かった。 歯が立たないと迄はいかないが、固く、とても食べられた物では無かったのだ。 ―でも、食べましたけどね・・ 眉を寄せ嫌々そうな苦笑いを浮かべながら、しかし楽しそうに語る。 そんなカカシにつられ、イルカも小さくくすりと笑った。 「サスケ、もう一回勝負だってばよ!!」 柏餅をたいらげたナルトは意気揚々とサスケに挑もうとする。 「・・まだやる気かよ」 そんなナルトにサスケは呆れたような返事を返しながらも、縁側から腰を上げた。 どうやら、ナルトに付き合ってやるようだ。 そんな二人を眺めながらイルカはカカシに語りかけた。 「カカシ先生は、何故、柏餅は柏の葉で包むか知ってますか?」 「え?いや、そう言えば知りませんね。 どうしてなんですか?」 「柏の葉は、新芽が出るまで古い葉は枯れ落ちないんです。その事から、家が絶えないように、と言う意味で柏の葉で包むんです」 「へ〜、そうなんですか」 「あと、柏餅には親が子の無事を願う、と言う気持ちを表してるんだそうです」 イルカはさらに言葉を続ける・・ 「だから、四代目はカカシ先生が無事に育つように、と言う気持ちを込めて作ったんだと思いますよ」 ―柏餅を・・ やさしくイルカは言ってくる。 自分とオビトとで四代目の家に呼ばれ、そこで例の柏餅が出された。 食べられたもんじゃ無いと、オビトと二人で喚いた覚えがある。 しかし、せっかくお前達の為に作ったのにと、いじけた様に言われ、しぶしぶ柏餅を噛みしめた。 あまりの固さにオビト共々、涙を浮かべながら食べていった。 その時の四代目の自分たちを見る目は、今のイルカと同じ様な、優しい眼差だった気がする・・ そんな事を思い出しながら、カカシはイルカに問いかける。 「・・・イルカ先生も・・」 「はい?」 「イルカ先生も、気持ちを込めてるんですか?その・・あいつらの事の」 「もちろんです」 判ってはいたが、そうはっきりと即答するイルカにカカシは苦笑いを浮かべる。 「ん〜・・、オレとしてはイルカ先生の気持ちが他の奴に取られたみたいで・・・イヤだなぁ」 俯きかげんで頭をぽりぽり掻きながら、カカシは駄々っ子な様なことを言う。 「何言ってんですか」 そんなカカシにイルカは呆れたと言うふうな笑みを向ける。 「ちゃんとカカシ先生の分も祈って作りましたよ」 「え?」 「・・カカシ先生が、無事任務から戻ってきますようにって」 少し照れながらそう言ってくるイルカに、カカシは驚いたように問い返す。 「え? ・・でも、柏餅って子供のための物じゃ・・?」 「カカシ先生も、充分子供ですよ」 「・・子供、ですかぁ?」 拗ねたような声を上げるカカシに、イルカは笑いながらきっぱりと言い放つ。 「ええ、ひじょーに手の掛かる、大きな子供です」 ―ひどいなぁ・・ そう言ってカカシは苦笑いを浮かべる。 しかし、すぐにプッと吹き出して、イルカと二人でくすくすと笑いあった。 「イルカ先生!カカシ先生! 笑ってないで、どっちの音が大きいか聞いててくれってばよー!!」 そんなナルトの元気な声が聞こえる。 パシィン! 小気味よい乾いた音の響く、天気の穏やかな、そんな一日だった・・・ [終]
2003.05.06
クッ! 昨日アップする筈だったのに…(涙) 『菖蒲打ち』実はよく判らんのです。 雛祭りの事はよく祖母に習うのですが端午の節句はどうも… 祖母は6人姉妹で男兄弟が居なかったからかな? 曾祖母が生きてたら色々聞けたかも知れないけど… と言うわけで、間違ってる事があったらこそっと教えて下さいませ(苦笑) |