ヌクモリ
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 肌寒い。
 吐く息がうっすらと白く色づいている。
 春が過ぎ去り、もう夏が来ようかというのに・・



「イルカ先生〜。 さようなら〜!」

「先生、さ〜よ〜なら〜〜!」

「おう、気を付けて帰れよー」

 雨の中をパシャパシャと元気良く帰ってゆく生徒達に持っていた傘を軽く上げて答える。
 小さくなってゆく背中を眺めながらイルカはふっと小さなため息を付いた。
 ふと、差していた傘を外して薄暗い空をあおいだ。
 顔にぱらぱらと冷たい雨粒が降りかかる。
 そのまま目を瞑りその雨粒を受けてみた。

 ここの所ずっと雨が続いている。
 恵みの雨と言われるものでも、こうも続くと気分が憂鬱になっていく。
 まあ、その理由はいろいろとある訳だが・・
 雨が続くと、アカデミーの演習場での授業が出来ない。
 いずれ忍びになる子供達だが雨に打たれて風邪をひかれても困る。
 こういう時、忍びの親はともかく一般人の親だと何かと文句が多い。
 自然と室内での授業が多くなる。
 もっとも、卒業が近くなればそんなことも言ってられないが・・
 子供達も雨が続いて外で遊べない鬱憤が溜まってる所為か、授業中に騒ぐことが多くなる。
 今日も騒ぐ生徒達を怒鳴り散らすことが多かった。
 ここしばらく、そんな毎日が続いていた。



 どのくらいそうやって雨にうたれていただろう?
 ベストが雨を弾く音だけが耳に響く。
 傘はいつの間にか手を放れ足下に転っていた。



「な〜に、やってんですか〜?」



 一人雨に打たれていると後ろからそんな声と共に、細い身体が被さってきた。
 すらりとした腕は首の前へと回されてくる。

「・・・別に」

 本当に大した理由など無いので、そう答える。

「?」

 背中の人物―カカシが覗き込んできているのは分かっていた。
 だが、あえてそちらに顔を向けたりはせず、ただ真っ直ぐと虚空を眺める。

「風邪、引いちゃいますよ」

「大丈夫です」

―――そんなにヤワじゃありません・・・

 静かにそう告げる。
 事実この程度の雨に打たれた位で体調を崩していたのでは忍はやっていけない。
 任務では雨に遭うことも少なくないからだ。

 それに、イルカは雨に打たれるのが嫌ではない。
 任務の時、血で汚れてしまった自分を洗い清めてくれるような気がするからだ。


 そんなことを考えながら、イルカは小さな声で訊ねる。

「・・・早かったんですね」

「え?」

「任務、だったんでしょう?」

 イルカ自身、少々素っ気ないかなと思うような口調で訊ねる。

「イルカ先生に会いたくて早く帰ってきました〜」

 カカシはにっこりと子供の様な笑顔をしてそう言ってきた。
 その笑顔に一瞬見とれてしまったイルカはあわてて顔をそらした。


 カカシの笑顔を見ていると何だかさっきまでの自分が少しバカバカしく思えてきた。
 口元に苦笑いが浮かぶ。
 少し長めの任務に出ていたカカシ。
 カカシが任務に出ると同時に雨が降り続いくものだから、少し感傷的になっていたのかもしれない。
 背中にカカシのぬくもりを感じたときには柄にもなくホッとした。
 そんなこと、浮かれさせるだけなのでカカシに言ってはやらないが・・


「あれ? イルカ先生は俺に会えなくて寂しく無かったんですか〜?」

「べ、別に・・・」

 顔をそらしたままのイルカに、カカシは拗ねたような声を出しながら顔を覗き込んでくる。
 そんなカカシにイルカはさらに顔を背ける。
 すると、背中からクックッと笑いをこらえるような声が聞こえてきた。

「な、何なんですか・・」

 ムッとしてイルカが聞くと、カカシはイルカの背中に額を当てた体勢で嬉しそうに言った。

「だってイルカ先生、耳まで真っ赤ですよ?」

「?!」

「嘘付いたって、ダ〜メ。 イルカ先生も俺に会いたかったんでしょう?」

 図星を付かれ、イルカはさらに赤くなる。
 どうして自分はこうも素直に反応を返してしまうのだろう。
 自己嫌悪に陥りそうになりながら慌てて話題をそらす。

「そ、そんな事より、カカシ先生の方こそ風邪ひきますよ。任務の間、ずっと雨だったでしょう?」

「そんな事って・・・。俺にとっては重要なのに・・」

 ブツブツとそんな事を言うカカシを引き剥がそうとしたが、さらに強く抱きしめられる。

「ちょっ・・カカシ先生?!」

「イイじゃないですか。俺なら大丈夫ですよ〜。イルカ先生とこうしてるとあったかいですからv」

「・・・・」

 そんなことを言ってくるカカシに、イルカは苦笑いを浮かべながら観念した。
 事実、雨が降っているというのにこの場所だけ温かい感じがする。

「・・・少しだけですよ」

 そう言って、そっと首に回っているカカシの腕に手を添わせる。
 カカシの方もぎゅっと腕に力を込めてそれに応えてきた。

 雨を弾いていたベストが少しずつ湿ってくる
 温かい雨はまだ降り続いていた・・・



「・・カカシ先生」

「はい?」




「・・・お帰りなさい」




「はい! ただいま帰りましたv」









 余談だが、翌日からイルカは熱を出したカカシの看病をする羽目に陥る・・・


  [終]

2003.06.02


またしても前半と後半で雰囲気が違う気がするよ(汗)
クールなイルカ先生を目指したのに…
カカシ先生に引っ張られてしまったや(苦笑)