この頃カカシ先生の様子がおかしい。
いや、様子以前にその行動が…

この人がおかしいのは以前からかもしれないが、ここ最近はとみにその行動に不自然な所がある。
そう、例えば・・

あそこでぶっ倒れている人のように。

イルカはアカデミーの二階の廊下から中庭を見下ろしていた。
そこで俯せに倒れ、手足をピクピクと痙攣させている銀髪の男を横目で見ながらそんなことを思っていた。
深く溜息を付いて見なかった事にしようと心に決めて教室へと向かった。





 ++ 気になる人 気にする人 ++





「そうよねぇ・・」

そう相づちを打ってくるのはカカシと同じ上忍の紅である。

「以前からおかしなヤツとは思ってたけど・・。ここ最近はねぇ。おかしいを通り越して変よねぇ」

受付任務までの休み時間に通り掛かった上忍待機所。
そこに丁度紅がいたので、ここ最近のカカシの行動についてそれとなく聞いてみたのだ。
紅はイルカの元生徒の担当をしている事で多少縁がある。
あまり階級差を気にしない質なのか、こうやって話しかけても嫌な顔をしたりせず話に乗ってくれる。
多少噂好きの所があるので気を付けて会話をしなければ、どんな噂のタネにされるか分からないが。

「でもねぇ。私達の前では普通なのよ、アイツ。おかしくなるのはアンタの前でだけね」

飲みかけのコーヒーを入れた紙コップを持ったその手で指を差してくる。

「そうなんですか?」

いまいち呑み込めないと言う風にイルカは首を傾げる。
何たって自分は変なカカシしか見たことが無いのだ。
まともなカカシなど思いつきもしない。

まあ、あえて言えば出会った頃のカカシがまともなカカシと言えるだろうか?
こんな平凡で木訥とした自分に、ちょっかいを掛けてきた頃のカカシが…

「あら。噂をすれば影が・・」

紅が軽く手を挙げて「カカシ」と言って呼んだ。
この位置からは見えないが恐らくそこにカカシがいるのだろう。
程なく、猫背の姿勢のカカシがのっそりと現れた。

「何? 何か用? 俺、今から報告書の提出に行かなきゃなんないんだけど」

「別に。ちょっと呼んでみただけ」

「はぁ?」

悪戯っぽい笑顔を見せながら、コーヒーに再び口を付ける紅にカカシは怪訝そうな声を出した。

――楽しんでんだろう。この人・・

この後の展開が容易に想像できてイルカは不審気な眼差しを紅に送った。
思った通り、すぐにカカシはイルカの存在に気付いた。

「イ、イルカせんせっ・・!?」

慌てたように言ったその言葉が言い終わらぬうちに、カカシはそれは見事にその場にひっくり返った。
仰向けに倒れたために後頭部を打ったのか「くぅ・・」と言う呻き声が漏れる。
見慣れたその姿に嘆息しつつも、それでもイルカは心配そうに声を掛ける。

「だ、大丈夫ですか? カカシ先生」

「・・・・」

カカシは声を発することなく首を縦にブンブンと振るのみだった。
大丈夫と言うことなのだろう。
仰向けになった体は立とうとして力を入れてるのかプルプルと小刻みに震えている。
「立てます?」と手を出したら今度は首を横にブンブンと振ってきた。
それでもその手を取ろうとはしなかった。

――声くらい出せばいいのに・・

呆れた様な顔をしながら差し出したその手を引っ込める。
横では紅がくすくすと笑っていた。
そうこうしているうちに授業開始のチャイムが鳴った。

「じゃあ、俺はこれから受け付けがあるんで行きますね。紅先生、後はよろしくお願いします」

「任せといて〜v」

手をひらひら振る紅を確認した後、倒れたカカシの横をすり抜けるようにして出ていった。
遠ざかって行くイルカの足音が聞こえなくなった頃、むっくりとカカシが起きあがった。

「・・・・」

「なあに、カカシ。その態度は・・。愛しのイルカ先生の気を引くにしたってやり方があるんじゃない? 同じ上忍として恥ずかしいわよ」

「ウルサイね。誰が好きこのんでこんな気の引き方するの・・」

「あら、アンタだったらすると思ってたわ」

「あのね・・」

カカシは反論する気も起きず、黙り込んだ。
倒れた時に打ったらしい後頭部をさすりながら、何処かを睨んでいる風にも見える。 そして大きく溜息を付いた。



イルカは遠くなっていくカカシと紅のやりとりを何とはなしに聞きながら受付へと向かった。
カカシがおかしくなったのは何時からだろう?
以前はここまでおかしい人間では無かったと思う。
もっと普通だった―かは怪しいが―はずだ。
最近のカカシはイルカがその姿を見かけるたびにすっ転ぶのだ。
それはもう受け身も取らず、ものの見事に…
木の葉のエリート上忍として他里にも名の知れた忍がこんな事で大丈夫なのだろうかと心配になる。

そして、カカシがそんな状態になってからはまともに口をきいた事もない。
さっきのように首を振るだけか、身振り手振りでそれを伝えようとするだけだ。
会話というものをしていない。
あれだけ話しかけてきていた人間がいきなりそうなると、何だか心細くもある。
その時は意味もなく話し掛けられるのが鬱陶しかったと言うのに・・


そう言えば、あの日からだ・・
カカシがおかしくなったのは。

はじめてイルカの家に泊まった日・・
あの日の夜まではまとも−かは分からないが−だったはず。
一晩経って朝になったら今のような変なカカシになっていた。

――まさか俺の所為だって言うのか・・?

だからといって何でイルカの家に泊まった位でおかしくなるというのだろう。
自分はいつもあの家にいるし、たまに泊まりに来るナルトや同僚達がそんな風になった事などない。
何故、カカシだけそうなったのだろうか?
いや、自分が原因だと決まった訳ではないのだが・・

「・・はぁ・・・」

イルカも大きな溜息を付いて、受付の椅子へと座った。





 +++++





その日の夕方、イルカは一人とぼとぼと家路に着いていた。

「・・はぁー」

大きな溜息が漏れる・・
何だかとても溜息の多い一日だ。

受付が忙しかった所為では無いだろうが今日のイルカは散々だった。
ちょっとしたミスだがそれを何度も繰り返し、とうとう疲れてるのだろうと追い出されてしまった。
考え事をしながらでは仕事が手に付かない。

「くそっ!」

イライラする・・
それもこれもあの上忍の所為だ。


乱暴な足取りで歩くイルカの後ろで、カカシが一人・・

溝にはまっていた―――












[続?]

2003.09.14


さ〜て、どうなる事やら…(笑)
続きは書けたら思い出した頃にでも
と言いつつ早…(汗)